4月17日(土)は囲碁教室

 4月に入って3度目の教室(囲碁サロン「燦々」)に行く。

 朝一番、教室が始まる前、新垣 望さんから小目の定石が3パターン記された碁罫紙(手書きで4枚)を手渡された。「3子局で白が小目に打ったときの黒の応じ方」という観点から選択された定石。1つの型に6手までが記されていたので、教室が始まるまでの間に、頭の中で定石を並べつつ暗記していた。きっと周囲から見ていると「この人、何をぼーっとしているんだろう」という風にみえたことだろう。

 さて教室はというと、前回までの過去2回は指導碁から始まったが、この日は他の生徒(年配の女性)との対局から始まった。私が白を持ち、コミは・・・覚えていない(ここの内容は長くなりそうなので別の所に書くつもり)。その結果は、時間切れだったが、判定で白優勢ということになった。

 その後に指導碁が始まった。今回は新垣 未希さんが担当。前回と同様に3子局での指導。

 ①まず、星の三々定石を曖昧に覚えていたので、弱点をついて石を打たれ、その形が具体的に咎められていった。

 ②次に、相手の石、それも「攻めるべき相手の石」という感覚が欠けていることについて指摘を受ける。攻めるべき石に対する意思表示が「ぼんやり」していて相手に先手を与えてしまう、ということだった。「3子局なら、黒は先手を維持しながら打ち続けることができる」ということを聞いた。
 そういえば、先手とか後手とかあまり考えたことがなかった。とにかく、相手に対する「利かす」手を打てば、有利に事が運んでいる、という実感があったくらい。逆に、利かす手が思い浮かばないとき、何もできない自分がいた。

 ③さらに、碁は陣地を立体的に作る、ということだった。しかし、そこまで意識は回らない。「どのような陣地を作ろう」という構想まで作っていられない。正直、「そんなことまで考えて打ってられません」という泣き言。
 「では、それ以外に何に注力しているのだろうか?」という疑問が湧いてきた。いや、そもそも、注力なんかしているのか?もしかすると「石音」のするほうに意識が行き過ぎているのかもしれない。(どこかにそういう格言があったような・・・「石音の反対に打て」?)。
 
 
追伸:午前中の教室が終わったあと、食事を済ませて、「燦々」に戻り、リーグ戦(2局)と、Otakeさんとの対局(2局)に臨んだ。終わったのが午後の18時過ぎ(だったと記憶している)。この部分も別のところに少し文章を書こうと思う。それにしても今回は「書こう」と思うことが沢山あるから、書ききれそうにない。

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